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 ラーメンの誕生
 

 ラーメンの誕生

 には諸説ありますが、

 ラーメンの誕生の芽は 日米修好通商条約調印の

 頃から芽生えたようです。

 この調印に依って横浜、長崎、函館、新潟、

 神戸が開港され自由貿易が始まりました。
ラーメン
  
   ラーメンの誕生


 
開港に伴い諸外国から貿易商人、通訳、下僕、
 船員それに広東系清国人等様々な人達が日本にやって来ました。  

 開港場に設けられた外国人居留地(唐人街)に清国人達は
 一箇所に集まると好物のめん類を食べないわけがない
 やがて掘っ立て小屋を建て清国人のための店を始めることになるのです。

 しかしこれはあくまでも清国人のための食べ物にとどまっていた。

 日進戦争が終わり明治も20年代頃になると動乱の中国大陸から
 新天地をもとめた亡命者、難民が渡来、与えられた居住地を離れ都会に住む様になった。

 そして明治22年頃には東京、横浜、長崎、神戸等に南京中国料理店が開店、
 日本人も少しずつ目を向ける様になる。

 しかし大多数の日本人には獣肉、油の臭いは受け付けるものではなかった。

 横浜は外国人を隔離する為に作られた街であり、
 外国人相手に商売しようと移り住んだ日本人は
 外国人文化を積極的に吸収しようとする気概の持ち主で、
 未知の食べ物に馴れるのも早かった。

 鳥そば、焼きそば等を食べることがが当時の横浜人の流行であったという。

 
 
しかし豚骨スープは塩味であったためやはり客の大半は
 中国人が中心だったのは言うまでもない。

 しかしあくまでもターゲットは日本人、
 獣臭さを消して日本人が親しんできた醤油味にして感触を得た。

 これによって彼らは東京に進出するのである。

 そして東京の街にチャルメラの音が流れたのが
 明治38年(1905年)ラーメン100年の歴史が始まったのです。

 スープに麺という素そばに台湾生まれのメンマが載りネギをかけた
 シンプルなのものから始まって、 らうめん,支那そば、中華そば、
 そしてラーメンと呼び名を変え中国人による日本人のためのらおみんから
 日本人によるラーメンと変貌を遂げるのである。

 すなわちラーメンは中国人と日本人の合作にほかならないのである。
 そして今度はその日本からインスタントラーメンが生まれ更には

 カップラーメンというお湯を注ぐだけで食べられる
 世界的な食べ物が生み出される。




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 歴史

 
今や、日本の国民食・日本料理ともよべる位置づけを得た、日本独自の発展を遂げた麺類である。

 が、原型とも呼べるものがある。

 日本で最初にラーメンを食べたのは徳川光圀(水戸黄門)だという説がある。

 明から亡命してきた儒学者の朱舜水が水戸藩に招かれた際に

 中国の汁麺を献上したとの記録があり、 これがラーメンだという説がある。

 日本への伝搬の起源として明治時代の神戸や横浜などの中華街で提供されたことに始まるとする説

 と大正時代の北海道から始まった塩ラーメンとする説がある。

 前述の「中華そば」の流れから戦後の一時期、日本では「そば」「おそば」というとラーメンを指し、

 蕎麦は「日本そば」と呼称していた時代がある。

 現在も地方の高齢者の中にはこの呼び方をする人が多く、蕎麦屋を起源としているわけではないのに

 ラーメン屋の店名に「そば」の字がある店も存在する。

 なお北海道では中華そば、支那そばという呼び方はほとんどされない。

   
日本でのラーメンの普及には大きく二つの流れが存在する。

  第一に
、中国からの移住者の営む中華料理屋や戦後の大陸からの引揚者を中心に営まれた

 日本風の中華料理屋におけるメニューとしてである。

 ここではもやしそばやタンメン、ワンタンメン、広東メンなどラーメンに対する調理法を主眼として

 メニューが区別されている。

 味噌や塩ラーメンもメニューにある店舗も多い。

 この他、チャーハン、野菜炒め、麻婆豆腐、餃子などラーメン類以外のメニューも供されており、

 一般的に中華料理店のほうがラーメンのバリエーションが豊富である。

  
第二に、夜間に屋台で販売したものの流れを継ぐことが多いラーメン専門店における販売である。

 近年は減少しつつあるが、深夜時間帯を中心に流しといわれる屋台で販売される。

 屋台は、古くは江戸時代の夜鳴きそばの風習にのっとり、

 リヤカーの後ろに調理器具を積み、市中を回りつつ売ったものであった。

 チャルメラと呼ばれる一種の笛を鳴らして歩いたことから、屋台の俗称をチャルメラという。

 近年は軽自動車に調理器具を積み、椅子を並べて、

 主に繁華街などで固定販売することが行われている。

 屋台で評判を得た店は固定店舗を開設していった例が多い。

 専門店の店舗形態としてはカウンターのみ、あるいはテーブルとカウンターからなるものが多い。

 専門店では味噌や醤油、とんこつなどスープの味によって、メニューが区別されていることが多い。

 特定のスープの味に特化した専門店も多い。

 特にこれらラーメン専門店のラーメンはスープの採り方に各店独自の工夫を凝らすことで

 様々な個性が生じ独自の進化発達を遂げた。

 多くの場合スープのレシピは門外不出とされ、暖簾わけなどをすることで広まっていった。

 1980年代後半から各地に独特のラーメンの文化が形成されていることに注目が集まり、

 町おこしの手段として注目され、各地で名物ラーメンのPRが行われるようになった。

 これには、比較的前から有名であった札幌ラーメンなどが観光に大きく寄与していた

 ことも与っており 喜多方ラーメンなどがその端緒となった。

 これらは「ご当地ラーメン」などと称され、観光資源として雑誌媒体、テレビマスコミでのPRなどに

 使用されることもある。

 その後、これらのラーメンの個性を楽しむ人たちが増え、

 一大ラーメンブームといった様相を呈している。

 ただし、いわゆる「ご当地ラーメン」には、単にラーメン店の数が人口に対して多いだけで、

 実際には味や接客サービスという意味での質が伴っていない場所も存在し、

 また「ご当地ラーメン」の全国的な乱立による、観光資源としてのインパクトの低下が

 近年否定できない状況もある。

 ご当地ラーメンのブーム以降、美味とされるラーメン店舗の紹介記事を集めた

 『ラーメン本』と呼ばれる 出版物が、グルメ分野の出版の一部門として成立する様になった。

 ラーメンのご当地などと呼ばれる場所ではこれを持ってラーメン屋を回る旅行者もよく見かけられる。

 しかし、これについては実態として店舗側に協賛金や掲載料などと称する

 数万円から数十万円の金銭を要求しこれを支払った店舗のみを掲載している、

 有料広告の域を出ないものが少なからぬ割合で存在する。

 なお、この金額は多くのケースで紹介記事としてのページの確保面積に比例する。

 また家族のみによる小規模経営や、いわゆる『ラーメンマニア』と呼ばれるラーメンを食べ歩く事を

 趣味としている者などが店内で起こした問題行動などを理由として、

 地元の名店と呼ばれる店舗でも近年は取材拒否や掲載拒否の姿勢を取っているものが

 少なからずあり、 これらラーメン本についても一概に全幅の信頼を置く事はできない。

 また、現在ではラーメン本以外にもテレビやインターネットなどの各メディアによって

 ラーメン特集やラーメンランキングが組まれるようになっている。

 しかしインターネット上の電子掲示板などでは店によって評価が分かれたり、

 上記のようなメディアの評価に対する疑問もかなり多く見られる。

 これはラーメン自体が麺・スープ・具だけでも様々であるだけに、当然人によって好みも違う為である。

 ラーメンに限ったことではないが、「何をもっておいしいとするか」の基準は個人によって異なることを

 踏まえることが必要だろう。また、インターネット上でのラーメン評には

 いわれなき誹謗中傷やデマも多く見受けられ、これに心を痛めているラーメン店の店主も少なくない。

 現在は、中国・香港の繁華街に、日本のラーメン(日式拉麺)を提供するラーメン街が誕生し、

 多くの中国人客が訪れて日本食としてのラーメン・ブームが広がっている。ューヨーク等でも、

 寿司と並ぶ日本食として記事になることが少なくない。

 スーパーマーケットなどで売られているラーメンはインスタント食品と見られる事が多いようだが、

 日本ラーメン専門店のラーメンは全く別物と区別され、日本食として評価される事が多い。

 中国のラーメン(拉麺)は、南飯北麺と呼ばれるように、米の生産ができない華北地方で

 多く食べられており、 今日の日本のラーメンとスープの味と麺の作り方に大きな違いが見られる。

 中国では塩味が大半。具はミンチ肉であったり、

 香菜(シャンツァイ)と呼ばれる香草だけの場合もある。

 中国で『ラーメン(拉麺)』と指すのは、本来生地をそのまま伸ばして(これを拉と呼ぶ)

 細長い麺にしたものを指す、他に中国の麺類は、生地を切った『切麺(チーメン)』

 (日本のラーメンやうどんがこれに近い)、小麦粉の塊を刀で削る『刀削麺(ダオシャンミャン)』がある。

   
呼称の変遷

  ラーメンも中華そばも、中華風のスープを使う同じ食べ物であるが

 最初は南京町でよく食べられていたので、 南京そばと呼ばれていた。

 戦後、一般にも食べられるようになり中華そばと呼ばれるようになった(ラーメンという言葉もあったが

 中華そばの方が一般的だった)。

 1958年(昭和33年)に日清チキンラーメンが発売され爆発的ヒットして以降は「ラーメン」という名称が

 一般的となった。
 (以上大変でした)


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